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活動ブログ

日本被団協、和田征子さんのノーベル平和賞受賞式参加の壮行会。苦しみに寄り添い、差別をなくそう、憎しみの連鎖でなく平和を創ろう、その思いと行動を、世界中に広げる役割を果たしてきたのが日本被団協だと思います。

鶴見区に住んでいる、日本原水爆被爆者団体協議会事務局次長の和田征子さんが、ノーベル平和賞受賞式へ参加されるということで、壮行会が行われました。

被爆者の話を聞く会や、ニューヨークでの原爆展の開催などもしてきたということもあり、乾杯の挨拶をさせていただきました。

私が核兵器をなくす平和活動に関わるようになったのは、高校生時代に広島で開催された原水爆禁止世界大会に参加をしたことがきっかけです。

広島でタクシーに乗車した時、運転手さんが被爆者の方でした。その方は「原爆をアメリカにも落としてやりたい」と言っていました。強く印象に残りました。

その一方で世界大会で被爆体験を言葉を詰まらせながら語ってくれた被爆者の方々は、ノーモアヒバクシャ、世界中の誰にも同じ思いをさせてはいけない。その意思を明確に伝えていました。

その違いはどこから来るのだろう?

私はどう生きたいのか?

突きつけられました。

 

苦しみを受け止め連帯することの大切さ、

平和な社会を作る一歩一歩の大切さと大変さ、

核兵器の恐ろしさだけでなく、核兵器をなくすために行動している被爆者の方々の生き方に感動したからこそ、私は平和運動に関わるようになりました。

アメリカで原爆展を開催した時、日本の侵略戦争を非難されました。それでも、こんな思いを絶対にさせてはいけないという一致を勝ち取ることができる。

パレスチナの若者が、同じ景色をパレスチナで見てきた。と話しかけてきてくれました。

黒人差別も酷いとリンチの話をしてくれた人もいました。

 

苦しみに寄り添い、差別をなくそう、憎しみの連鎖でなく平和を創ろう、その思いと行動を、世界中に広げる役割を果たしてきたのが日本原水爆被爆者団体協議会(日本被団協)だと思います。

和田征子さんが、私たちは「言葉」で「実相」を伝えてきました。

まだ全く傷が癒えない被爆から11年という時に日本被団協が結成され結成宣言が出されました(https://www.ne.jp/asahi/hidankyo/nihon/about/about2-01.html)、と結成当初からの話をされ、「ヒバクシャ」が世界の言葉となり、「ヒダンキョウ」が世界の言葉となったことの意義を話されまいた。

とてつもなく重い一言一言だと感じました。