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ヘイトとたたかう〜川崎・市民はどう動いたのか 三浦知人さんインタビュー
ヘイトとたたかう 川崎・神奈川での市民と共産党のとりくみ
前編~市民はどう動いたのか
三浦知人さん・社会福祉法人青丘社理事長へのインタビュー 全文書き起こし
動画には3方へのインタビューが収録されています。
三浦さんへのインタビュー開始からのご視聴は、こちらをクリックしてください。
!!注意!!
ヘイトスピーチについて描写するため、ショッキングな言葉や表現を含む投稿です、ご注意ください。
外国人を差別したり排斥しようとする排外主義にどう立ち向かうのか、国際的な課題ですが
日本でも大きな問題になっています。
神奈川県内においても特定の民族 国籍 人種など個人の意思では変えることのできない属性を持つ集団に対する差別憎悪を煽るヘイトスピーチが繰り返し行われてきました。
それに対し
2016年国会ではヘイトスピーチ解消法が成立
2019年川崎市では全国で初めて刑事罰を伴うヘイトスピーチを禁止する規定を持った条例
が制定されました
ここでは、前編後編に分けて
川崎での差別に立ち向かうたたかいを中心に取り上げ、
その中で日本共産党が共生社会をどう実現しようとしているのか、お届けします。
前編のテーマは川崎市における市民のたたかいです。ヘイトスピーチ解決のために大きな力を発揮してきたのが「差別は許さない」という市民のたたかいでした。
三浦知人さん・社会福祉法人青丘社理事長へのインタビュー
(以下敬称略にて記載します)
あさか:
「ヘイトスピーチを許さない川崎市民ネットワーク」の一員でもあり、社会福祉法人青丘社の理事長三浦知人さんに今日はお話うかがいたいと思います。
よろしくお願いします。
三浦:
よろしくお願いします。
桜本はどういう町なのか
あさか:
2015年11月から川崎市の桜本を対象としたヘイトデモが行われるようになりましたけれども、
そもそも桜本がどういう町だったのかということをまず伺いたいと思います。
桜本は関東の中では在日韓国朝鮮人の集住地域としては大変有名なところで、関西はもっともっとたくさん母数が多いですけれども、関東の中で桜本はいろんな意味で助け合わなければ生きてこられなかった、在日の拠り所として集住地域として形成されてきたという町、その中心が桜本になります。
もう本当にあらゆる社会保障制度から排除されて、結婚だろうと住むところだろうと仕事だろうと金融 、様々な生きていく上での術っていうのは同族間の関係性の中で生きざるを得なかったのですから、どこの集住地域もそうですけれども桜本はそういう在日コリアンのコミュニティとして、本当に集住率が高いと言いますかね、桜本を中心に、遠くに住んでいる人も関東域の中では桜本に行って韓国朝鮮の食材を揃えたりだとか、交流の場を持ったりだとかを昔から、戦後ずっと続けて機能として果たしてきた役割の街ですね。
多文化共生と桜本
あさか:
桜本は「多文化共生」というイメージが今は定着してるかなと思うんですけど、どういう経過の中で多文化共生の街を目指したのですか。
70年代から社会から排除された在日コリアンが、特に在日の二世の母親たちがやっぱり日本の社会の中で、辛い、学校教育の中で朝鮮人朝鮮帰れという差別発言を受けて惨めな少年期送った人たちが母親になって、今度は親になって自分が子育ての番になった時に、自分のような惨めな少年期は送らせたくないという、非常にわかりやすいと言いますかね、非常に力強いメッセージをあげたのが私たちの70年代の活動の出発点なんですけども、
当時は先ほども言いましたように、当たり前のように在日韓国朝鮮人が排除をされて、市民社会の中で「川崎市民だと思ってるのか」という僕らの問いかけにも、川崎市のあらゆる人たちがまともに答えられなかったような時代状況、多文化共生なんて対極にあるような社会状況から、差別するな、排除するな、私たちの社会参加の道をちゃんと開けなさいという、こういうところからスタートしたので、
多文化共生と言われてきたのは、むしろ日本の社会が経済的な理由の中で開かざるを得なくなった、2000年近くになってきて国を挙げて国際化だとか多文化だとかということを言いはじめて、
むしろ市民として認めなかった川崎市がいきなり地球市民だと言いはじめたので、僕はちゃんちゃらおかしいという感覚で90年代後半に思ったぐらい。
私たちが多文化共生を言いはじめたというよりは世の中がそういうふうに言って、本当に多文化共生かという問いかけの中で、多文化共生って言うんだったら在日コリアンがどのような昨日今日明日の課題を担っているのかということを、やっぱり僕らちゃんと出していかなきゃいけないと、そんな思いで後からその言葉に対応するという動きだったと思うんですね。
あさか:
そうか、最近なんですね。
三浦:
そう。あとはだから多文化共生という社会環境があって、本当に多文化共生って言うならばこういう課題も必要なんじゃないかという、私たちも在日韓国朝鮮人の問題だけじゃなくて、新しく国境を越えてきた人たちに地域社会の中で確実に出会うようになり、かつて在日コリアンが歩んできた道と同じような状況を繰り返しているということに改めて気づかされて、私たちは「民族差別をなくす」、「在日コリアンとともに生きる」っていう社会をイメージしてきたけれども、
新しく国境を越えてきた人たちとつながって、本当の意味での多文化の社会を作るということが
今は国を挙げて言ってるんだから本物にしなきゃいけないんだっていう、捉え直しというか位置づけのしなおしを2000年入ったぐらいに僕らは行ってきて、
それ以降は積極的に多文化共生という社会を作るんだという言い方をするようになり、多文化共生のまちづくりのために一定の在日コリアンのリーダーシップと言いますか、そういうことが地域社会の中で、とりわけヘイトスピーチとのたたかいの中でも示されるようになって、桜本が「共生の街」「多文化共生の街」と表現されるように、ちょっとブランド力がアップしたと僕は思ってますけど。
桜本でのヘイトスピーチに立ち向かう
あさか:
それまで新大久保とか川崎駅前で行われていたヘイトスピーチが、2015年11月、2016年1月から桜本を直接ターゲットにして行われるようになる、そこに対してどう立ち向かっていったのか、どうやって運動をつくっていったのでしょうか。
三浦:
川崎で、2013年ぐらいから駅前であったんですけど、どこかで避けているという自分たちの存在があったんですね。ですから向き合うということは全然できなくて、むしろ当時は日本共産党はちゃんと名前をあげて対峙してましたし。
直接の経過は、2015年のうちのハルモ二、在日のおばあちゃんたちの戦争反対デモを
桜本でやったことに対する攻撃、
2015年って言うとそれこそ国会で戦争反対デモで多くの人たちが詰めかける状況の中で
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註:2015年9月に強硬採決された安保法制に反対するデモ。国会前のデモに4万5000人を超える人々が集まるなど国民的な大きな反対運動が起きた。安保法制は歴代政府が「憲法上許されない」としてきた集団的自衛権の行使を可能にするなど、戦後の安全保障政策を大転換させるもので、海外で戦争を始める米軍を自衛隊が支援するため、補給や輸送などの兵站(へいたん)を拡大・強化するとともに、戦闘にも参加できるようにした。
引用は以下:しんぶん赤旗2024年9月19日「主張」
しんぶん赤旗キーワード『安保法制』まとめページ
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うちのハルモ二達にも画像を見せながら、今日本ではこんなになってるんですよとその当時の状況の勉強会をやったんですね。そしたらうちのハルモ二達の素晴らしいところですよね、
「私を国会へ連れて行け」って。実際に足が痛い、腰が痛いって言ってるのにそんなことは無理だろう、だったら桜本でやろうって言って、一つのノリみたいな形で、戦争反対うちわを作ったりとか横断幕を作ったりとかで、ハルモ二たちが演説を考え、コールを考えて、手作りの戦争反対デモを準備するという過程の中で。
本当にこんな言い方したらアレだけども、良い実践だったんですよ。
それでハルモ二達が自分の思いを、日本の社会の中に、特に女の人たちが自分の思いをちゃんと市民社会に訴えて、商店街のおっさんとか町内会のおっさん達の参加を呼びかけてそのデモを組織する、これは私らにとってみればちょっと大変な出来事、実践的なすごい出来事なんですね。
ちょうど2015年のその実践ができた時というのは、ある意味で二世三世の、地域での本名を呼び名乗る活動だとか、日本人がこうやって差別をなくすっていうことで頑張ってる姿だとか、そういうのを見ながらうちのハルモ二達 一世の人たちも、自分も頑張ろうかなって思ってくれたんだと僕は総括してるんですね。
地域でこんなことやってるすごいとインターネットで流れて、すぐその後、「ここは日本だ嫌なら出てけ」っていうヘイトスピーチがインターネット上に流れ、それが路上に出てくるのが
11月というそういう流れなんですね。
まあ私としては久々に、昔みたいに「こいつら許せねぇ」という思いを強くして。
1回目で11月の時には本当に3日前に私の携帯に、ヘイトデモがそっちに行くかもしれないみたいな連絡があって、すぐに戦争反対デモの時に協力してくれた人とか、昔の関係とかに、「もう助けてくれ」と。
当時はだから子どもを守れ 、ハルモ二を守れということで、当事者の人たちは後ろに立って
私らが守るんだっていう形で、たくさんの人たちが私たちの街を守るというために駆けつけてくれたんですね。
具体的には桜本のところまでは入れさせないということでしたけど、
もう1回来るぞという1月のリベンジに対しては、やっぱりそんなヘイトスピーチなんていうことが何で許されるのかという市民組織をちゃんと作っていかなきゃいけないっていうことで、
「ヘイトスピーチを許さない川崎市ネットワーク」を呼びかけて作っていくという、そんな形だったんですけども。
集会の時にはうちのハルモ二達も壇上に上がったし、中学生が涙流しながら悔しさを、
「あいつらはニヤニヤしながらこんなことしてたんですよ」とか言って
涙を流しながら訴えるという中で、市民が、本当に当事者の発信に対して、自分ごととしてやっぱり許さないという息吹がすごく感じられる集会だったんですね。
なんとかしなきゃいけない。殺せ 死ねと路上で言うような世の中って。
川崎駅前でやっていた時も非情な奴らだとは思ってたけれども、僕らが目を伏せてたわけですから、改めてやっぱり、そんな世の中が地域の中で、
桜本の中では比較的順調に多文化の活動の輪が広がっていくということを感じていたので、
それでも知らない間にというか、僕らがもう少ししっかり活動を組み立てられなかったから、
世の中は路上で殺せ死ねって言うような事態になってしまったっていうことで、ちょっと落ち込むというか、反省させられるというか、箱庭づくりだったんじゃないかって思ったりとかで、誰と繋がって本当にどういう社会を作るのかっていうことを今まで疎かにしてきたんではないかと考えさせられるような出来事だったんですけど。
ヘイトスピーチ解消法の意義
あさか:
被害実態に着目がされてヘイトスピーチ解消法が成立したわけですけど、この法律ができたことの意義っていうのはどう捉えていらっしゃいますか。
三浦:
解消法は色んな問題点を孕んでいますが、何が違うかと言ったら今まで国は国連のいろんな勧告に対しても、それほど大した民族差別はないと答えていたわけですから、それがヘイトスピーチ解消法という形で許されないと明言したってことは、差別があるって事を認めたことですから、これはやっぱり180度違うんですね。
国の官僚たちも桜本を訪問してもらったりとか、いろんな人たちがそれに向かって動き始めるというを体験したので、解消法の成立っていうのは非常に大きな契機になったと思うのですね。
それを受けた川崎市も、「ボールはこちらに投げられた」って川崎市長も捉えていましたから、
今度は差別のまさに実態のある川崎からしっかりした条例を作らなきゃいけない、という動きに跳ね返ってくるので、まさにそういう転換点の法律だったと思いますけど。
川崎でのヘイト条例を目指していく経緯
あさか:
2019年に罰則付きのヘイト条例を、川崎市は全国で初めて作ったわけですけど、
それを求めたのは市民だったじゃないですか。市民として罰則付き条例を目指していった経過っていうのはどういうところにありますか。
三浦:
一番大きいのはやっぱり立法事実がしっかりと川崎は提示できるし、提示できるだけじゃなくって、当事者がちゃんとそのことを最先頭になって歩むことができてるっていうことがやっぱり推進力ですね。
事あるごとに市議会にうちのハルモ二たちをお連れして、その願いを聞いてもらったりだとか
したのですけれども、世の中路上で殺せ死ねっていうのは普通じゃないよねっていう、これはまあ考えてみれば当たり前のことだったんですけどもね。
昔はそれこそ、差別は陰でこそこそするもんだって思ったので、改めて社会状況の違いですけれども、それに対してやっぱりちゃんと対応するためには、差別はいけませんというようなことではなく、ちゃんと被害を生まないような、コリアン市民の側に立つようなちゃんとした施策を実現してほしいと求め続けてきたので、
粘り強くやれることは何でもやるという方向の中で、確実にやっぱりすべての人たち、あらゆる人たちが立場を超えてこの問題に関してはおかしいよね、直さなきゃいけないよね、被害実態をなんとかしなきゃいけないと訴え続けてきたということが一番大きいんじゃないかなと思いますけど。
当事者が表に出て訴えるという選択
あさか:
常に当事者が表に立って、本当に、苦しめられながら訴えなければいけない。そのことに対してどういうふうに…。それでも当事者が訴えていくっていうのが、川崎の中でみんなを動かしていったっていうこともあると思うんですけれども。
三浦:
実際にその行動をみんなできるかと言ったら、できるものではないですよね。ただ地域社会の中では、「ハルモ二たちも子どもたちも後ろに下がれ」って言って、「守るの俺たちだ」って言っていたけども、1回目11月の時に言ったけども、こんなに力強く市民が集まってくるというのはある意味ハルモ二たちを激励することになると僕は思ったので、
1月のデモの時にはハルモ二達もしんどいけれども、ハルモ二たちも参加していただくという会議をしたんですけど、その時にも本当に最後まで、大きな声を張り上げながらデモ隊にずっと寄り添いながら歩き続けたハルモ二たちが、それがこれだけの市民の息吹だよね、みんなの力、こちらの側の力っていうものを感じることもとっても大切なことだし、ヘイトスピーチは本当に心ズタズタにするけれども、それを回復するのも人のつながりの中で回復するしかないと思いながら、
その辺はさじ加減じゃないですけどね、後ろにいるべきだとは思っていなくて、やっぱり僕らが寄って立つ人たちとして、導かれる存在としてやっぱり当事者の人たちの存在をきちっと感じていきたいと思っているんです。
インターネットの中のヘイトスピーチと青少年
あさか:
やっぱりヘイトスピーチ解消法ができてその過程の中でできる流れの中で、結局デモに関しても仮処分決定とかが出されるわけですけれども、結局地域限定というかここは立ち入っちゃいけないよと、それでそれ以外のところではまだ川崎でもやられているわけですよね。ここら辺の限界というのは…。
三浦:
インターネットはもう市境はないですから、全国から川崎の当事者に対するヘイトスピーチが来るわけですから、今一番大きな課題はもちろん罰則付きのヘイトスピーチは犯罪であるということを、きちっと歩みを進めた川崎の、次につながる自治体をどう連携していくのかが非常に大きい。
残念ながらやっぱり、川崎では一歩進んだっていうことがそのまま何年も経つのはちょっと異常なことなので、当たり前のようにそういうことは許されない行為なんだっていう声、普通にどこの自治体でも決められるような社会環境が早く作られなきゃいけないっていうのが一つと、
インターネットのヘイトスピーチっていうのはやっぱり青少年に与える影響が非常に大きいので、
大変な被害実態を導き出しているんですね。でこれはもう子どもたち、僕らは本名を呼び名乗るってことで私たちの町は確実に、小中学校ぐらいまでは子ども達がやっぱり、他のいじめいっぱいあるんだけど、民族的な背景でのいじめ、予断と偏見を振りまくだとかっていうことは本当にないというか。
ヘイトスピーチの時に、うちの中学生たちもなんでそんなバカなこと言うんだよ、俺が言ってぶん殴ってきてやると言う子どもたちがいっぱいいたぐらい、子どもたちの意識の中にはやっぱり「あいつらが変だ」っていう意識が非常に育っているというか、そういう感じはそのすごくするんですよね。
それは僕らが目指してきたことでもあるし、大変に勇気づけられるけども、じゃあそその子達が今度高校になった時に本当に地域の中で言えたように、自分のおばあちゃんが朝鮮人なんだよってい言えるか、誇り高くそういうつながりを表現できるかと言ったら、絶対できないですよ、インターネットでこんな、世の中は殺せ死ねって言う奴らがいて、そんな世の中ですよね。
だからもう本当にあいつらは変なやつで、圧倒的少数派であるって言うことを具体的に示さない限り、インターネットっていうのはどこかの多数派であるかのように迫ってくるんですよ。
子ども達にとってみればやっぱり、外の世界っていうのはまさにヘイトスピーチの時代・世界ですよ、それをそうじゃないっていうことをちゃんと示すためには何が必要かと言ったら、小さな地域の取り組みだけではなくて、大きな世論と政治状況を作っていかなきゃいけない。
世の中が危いっていう状況で、別に川崎がうまくいっていると言うよりは、川崎だってコロっと変わるくらい危うい時代に僕らが生きてるんだっていうことはすごく自覚してるんですよ。
あの人権条例によって、川崎市もうちのハルモ二たちに、いろんな出番を声をかけていただいて
積極的に行事に参加する機会も増えてきたし、駅前では読書会の人たちがヘイトスピーチを
監視するという社会状況ができ(註:別記事にてインタビューがあります)、朝鮮学校をめぐってはトングラミという市民給食の取り組みが始まって、(註:朝鮮学校の無償化からの除外が続く中地元市民にできることの模索としてはじまった、川崎朝鮮初級学校の給食を月1で市民ボランティアが作る、という今までにない活動 http://www.seikyu-sha.com/minna/blog/2022/02/01/post-587/ より引用)
これは僕はやっぱり人権条例に勇気づけられた市民の人権文化の取り組みだと僕は位置づけているんですね。
子どもたちがすぐに加害者になってしまう時代に
こういう文化の広がりっていうものの中で育まれる教育というか、子どもたちの意識っていうものが本当の意味で作られていかないと、本当に教育の場で差別をなくしていくという取り組みはちゃんとしないと、子どもたちが加害者にすぐなってしまうという状況をインターネットの時代では、そういうことも考えていかなきゃいけないだろうと僕は思ってるんですね。
ちょっとインターネット上で過激な差別発言するとみんなからうけてしまう、もう即ヘイトクライムに突入していくという子どもたちの図というのが、今の社会状況の中ではすごく見えてしまう状況があるので、それは本当に真剣に考えてほしいなっていうのはすごく思いますね。
あさか:
そうですね。