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ヘイトとたたかう〜川崎・市民はどう動いたのか 神原元・弁護士へのインタビュー

ヘイトとたたかう 川崎・神奈川での市民と共産党のとりくみ

前編~市民はどう動いたのか

神原元・弁護士

 

 

!!注意!!

ヘイトスピーチについて描写するため、ショッキングな言葉や表現を含む投稿です、ご注意ください。

 

外国人を差別したり排斥しようとする排外主義にどう立ち向かうのか、国際的な課題ですが

日本でも大きな問題になっています。

神奈川県内においても特定の民族 国籍 人種など個人の意思では変えることのできない属性を持つ集団に対する差別憎悪を煽るヘイトスピーチが繰り返し行われてきました。

それに対し

2016年国会ではヘイトスピーチ解消法が成立

2019年川崎市では全国で初めて刑事罰を伴うヘイトスピーチを禁止する規定を持った条例

が制定されました

ここでは、前編後編に分けて

川崎での差別に立ち向かうたたかいを中心に取り上げ、

その中で日本共産党が共生社会をどう実現しようとしているのか、お届けします。

前編のテーマは川崎市における市民のたたかいです。ヘイトスピーチ解決のために大きな力を発揮してきたのが「差別は許さない」という市民のたたかいでした。

 

神原弁護士へのインタビュー

あさか:

ヘイトスピーチ問題に取り組んでいる神原弁護士からお話をうかがいたいと思います。よろしくお願いします。

神原:

よろしくお願いいたします。

 

ヘイトスピーチと関わったきっかけ

あさか:

神原弁護士がヘイトスピーチ、この問題と関わったきっかけ、ここから話をしていただければと思います。

神原:

私がヘイトスピーチというのを、初めて目の前でそういうことがやられてるというの見たのが

2013年だから12年前の2月9日、はっきり日付まで覚えてます。というのはこの日は在日特権許さない会、在特会ですね、あれが新大久保でデモをやるというので来ないかと知り合いに誘われて見に行ったんですね。その時目の前でヘイトスピーチを見た・聞いたというのがありました。

ちょっとその時の写真がいくつかあるのでちょっとご覧いただきましょうかね。

「韓流にとどめを」 「韓国人朝鮮人叩き出せ」と。ここに在特会の腕章が見えます。これは僕が撮ってた写真で酷いんだけど、「朝鮮人 首吊れ 毒飲め 飛び降りろ」これは「害虫」って書いてあるね。こういうプラカードを掲げ、言ってた言葉がちょっとね、ショック受けるかもしれなくて申し訳ないんだけど、「殺せ殺せ朝鮮人」というのと「ゴキブリ朝鮮人」

というのを彼ら叫んでいたということですね。それを初めて目の前で見て、これなんだと思ったのが最初で。

これはまたちょっとね、多分メディアでたくさん出た写真なので有名になった写真ですけど、

これもその時出たプラカードですね。こんなね、「死ね」っていうね。

これはこの年の6月の写真ですけども、こんな感じ。

「仇なす敵は皆殺し朝鮮人は皆殺し」

「来るな帰れ死ね 繰り返す 来るな帰れ死ね」

日の丸とそれから軍艦旗っていうのかな、この旗掲げて練り歩いてるというのを初めて見たのがきっかけで。何とかしなきゃいけないとちょっと感じたところですね、それからずっと関わるようになったのですね。

 

カウンター運動のはじまり

これひどいなってことで終われば、それ以上僕も深入りしないっていうか、そんなことあったなってぐらいで終わってたんですよ。

ところが関わるうちにこれに反対する人たちが出てきたんですね。

具体的にはこれも僕が撮った写真なんでお見せしたいのですが、最初こんな感じ、あの4・5人でしたね。4・5人が少数で黙ってプラカード持って「仲良くしようぜ」と書いあるんだけど、これ要するにその街にいる朝鮮観光の方たち見せる、ここコリアンタウンなんですね、そういうそこで働いてる従業員の方たちに見せようってことで、プラカードを掲げるような人が出て最初少人数でただ黙って立ってるだけですね。

だんだん増えてきたんだけど、ここに「仲良くしようぜ」って書いてありますね。

だんだん相手とね、やり合うようになっていくんですよ。相手というのはデモ隊と。

最初は仲良くしようぜってことで、こうプラカードを在日の人たちに朝鮮の方々にプラカードを見せてたんだけど、だんだんデモ隊に対してお前ら何やってんだみたいなことを言い始めた

ということになります。

例えばこの左下の写真、これ手書きなんだけど、これ目の前にデモ隊がいるわけ。

これなんて書いてあるかと言うと、手書きで「差別はやめろふざけるな」と書いてあります。

だんだんこういうのが始まってきた。だんだん人が集まってきた。

このカウンターと言われる人たちが集まって、割と綺麗なプラカードを掲げてそのデモ隊に抗議するようになってきた。「ヘイトをやめて帰れ差別主義者」とか「民族差別やめよう」「差別主義者恥を知れ」。こういう感じでだんだん色んなプラカードを掲げて抗議するようになってきた。これが2013年の3月ぐらい新大久保で起きた出来事です。

 

SNSを見て集まった個人の動きが、カウンター運動と名づけられた

だんだん集まってくると、どんどん人数が増えてきて、最後はこんなことやり始めるんですよ。

何してるかって言うと道路に寝そべってデモを止めちゃうと。こういうことまでやるようになったということですね。これね、どういう人たちがこれをやってるかって言うと、なかなかこれが理解しづらいんですが、要するにSNSを見て集まってくるんですよ、向こうの(ヘイトの)酷いデモの写真なんかを見て、僕らこうやって抗議しましたとsnsに投稿する、それを見た人たちが

どんどん集まってくるっていうのが10年前の出来事です。

だからリーダーがいて誰かがこれやれって言ってやっているわけじゃなくて、その場のノリというか、その場のみんなでそれぞれが集まってやる、だからこういうものの特徴っていうのは、例えば時々この人たちが警察に捕まるでしょ、最初はそういう人たちの弁護をやってたんだけど、

警察に捕まって「お前誰と今日来たんだ」と聞かれるでしょ、「いや僕一人で来ました」「なんで来たんだ」「snsを見てきました」「なんか裏に組織があるんだろ、『しばき隊』とかそういうのに命令されてやってんじゃねえか、お前のtwitter(現X)のフォロワー知ってるぞ」とか突き出されるんだけど、「フォローしてます」と。「良いと思ってます、野間さんなかなか良いこと

言ってると思います」と。これ全部本当のことを言ってるんだけど、どんなにそれを掘り下げても組織が出てこないんです。組織ないからというようなことで、一人一人が考えて一人一人の判断でこういう運動を作ってきた。だから確かになんというか継続性もないし気まぐれだから、色々とまずい点もあるけど、でもやっぱり何というか民主主義ってそういうもんじゃないですか、

やっぱり最初はねこう誰かが何かやって、それについて個人個人が集まってくる非常に民主主義の形としても、いい形だと思っていて。

これがよく「カウンター運動」というね言葉、僕当時知らなかったんだけど、カウンター運動と名付けられてどんどん広がっていったと。

そういうのが2013年の3月4月ぐらいの状況だったんです。

 

司法が動く

この年何が起きたかというともう一つ大事なこととして「京都朝鮮学校襲撃事件判決」が出るんですよ。これがすごい判決で、朝鮮学校の正門から200メートル以内接近しちゃいけないというのが出ました。

もう一つは世間がみんなびっくりした、1200万円のね、かなり大きな賠償金を命じる判決が出たってことですね。これで今まではヘイトスピーチは「表現の自由」じゃないかとかね、一つの意見じゃないかとか、そういうこと言ってたのが世の中がガンとひっくり返った。

だから一つはカウンターの運動があり、もう一つは判決、司法が次に動いたというところがありました。

 

ヘイトスピーチ解消法の成立

次の段階として、まさに僕が皆さんに期待する立法ですよね、立法が動いたというところになります。

具体的には2016年の6月、成立は2016年の5月、いわゆる「ヘイトスピーチ解消法」というのができましたね。ヘイトスピーチ解消。

具体的なきっかけとして連中が川崎にね、川崎にヘイトデモが来たんだね

それに対してよくご存知の崔江以子さんを中心としたグループが、とにかくヘイトデモやめてくれと、国会議員に働きかけ、国会で意見陳述もし、今度国会議員がそれこそ保守的な連中も含めて

川崎に視察に来て、そういう流れでこの「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取り組みに関する法律」、俗にいう「ヘイトスピーチ解消法」ができたという形になります。

 

施行前の法律を使って、デモを止める

それでも連中はまだデモをやるわけですよね。それで僕ら何をやったかというと、今度これを裁判所に持っていって仮処分をかけたんですね。これが2016年の6月2日になります。要するにこれ施行前なんだけど、やっぱりこの定義は別に法律なんだから使えるってことで、ヘイトスピーチ解消法を上手く使ってヘイトデモを止めたというのがありました。

これ具体的な中身としては先ほど言った崔江以子さんたちが働いているふれあい館というところがありますが、そこから500メーター以内でデモをやっていけないと、

そういう決定になります。

そうするとデモ隊はどうしたかというと、ふれあい館っていうのは川崎でも南部なんですよ、

川崎区にあるんです。桜本というところにあるんで、そうするとじゃあそこではできないけど他のとこでやってやればいいってことで、なんと私の事務所のすぐそば、武蔵小杉でデモをやった。

そこまで行くとなかなか法律の手が及ばないということになるんですが、ただ最後はこうなったんですね。

そうするとこのデモに対してまた「シット・イン」をかけてみたりとかたくさんの人が集まってカウンターをかけ「共に生きよう」とかね、色々と横断幕を掲げていますけどこういう形で再び運動の人たちが駆けつけて、デモを取り囲んで、おそらくね、普通はカウンターではデモは止まらないんですよ。だけどやっぱり立法の力もあったし、裁判所の決定も出てるって事で、裁判所の決定の及ぶ範囲外なんだけど、それでもやっぱり警察官がこれを説得して辞めさせたというのが2016年6月5日に起こった出来事です。

ここから何が言えるかというと皆さん街中を見てて、確かにカウンターがいるとうるさいじゃないですか、「馬鹿野郎 てめえら帰れ」とかね、「差別主義者レイシスト帰れ」とか言ってるわけですよ。

なんだけど僕が最初に見た2013年の2月のヘイトデモはそういうのがいないから、「〇せ〇せ」ばっかりが町中に響き渡っていた。

それをかき消したんですねこの人たちが。かき消して、仲良くしようぜって韓国の人たちに呼びかけ、最後はもう体で止めちゃった、本当に止めちゃったと。

本当に止めたの見たのはさすがにこの2016年の1回だけですけど、ただその後1回ぐらいやっても川崎で今デモやらないですからね。

 

リーダーのいないSNSでつながった個人の市民からはじまるたたかい

おそらく日本のいろんなたたかいの歴史の中で非常に珍しい形、つまりまずその運動が動いた、

しかもその運動というのは誰かリーダーがいるわけじゃなくて、SNSで繋がった個人の市民が動いた、そこから始まってる。その後裁判所が判決を出して、いやこれいけないことなんですよと明らかにした、その後今度は立法が動いてヘイトスピーチ解消法ができたと。最後はそれらが組み合わさってデモ止めちゃったという格好になります。

だからこの形っていうのはやっぱり単にね、ヘイトスピーチはもちろんダメなんだけど

そういう視点だけでなく、おそらく民主主義というかさ、そういう観点でも非常に良い形なのかなと思っています。

あさか:

最初にこうヘイトがあって、最初はその在日の人たちに仲良くしようぜっていう、ヘイトをやっている人たちではなくて在日の人たちに俺らは味方だぞと、一緒に仲良くしたいっていう人たちもいるんだよっていうのを見せるところからスタートして。

でも〇せ〇せっていう声が本当に止まないという、それも結局現場のそのたたかいの中でこの声を聞かせてはいけないっていう。そういうたたかいの中で出てくるっていう。

誰かが何かを、その場でやむにやまれずというか。。。

神原:

まさにそう思いますよ、

だからその誰かがうまく計画を立てて、組織としてこうしますではなくて、その場その場の現場判断で最終的にこういう形になっていったということです。

だからこの一番すごい、この道に座り込んじゃうとかいうのも、

誰かが一人やってそれにみんなが続くのがだんだん積み重なっていってみたいな、そんなところがありましたね、この辺に関してはね。

あさか:

神原先生が2013年にその現場にいって、それから国会での立法まで3年間ずっとそういうたたかいを繰り返す中で、司法も動き、そして立法が動きって。

神原弁護士:

だからある意味で他に例えば、夫婦別姓の問題だとか、それからいろんな他にもいっぱいあるでしょ、そのLGBTの同性婚の問題だとか。色んな問題から比べれば、早い方ですよ3年なんてね。むしろむちゃくちゃ早い方だと思いますよ、そういう意味ではね。

なんだけどこれ確か議員立法でね、議員立法もいろんな偶然が重なって、保守派の議員が賛同したってところもあってできた、だからいろんな偶然が重なって突破できたところもあると思うんですけど、やっぱり最初こう市民が動いて、これが非常に党派を超えて、ヘイトスピーチこれダメだろうっていうところがちゃんと世論になったっていうことではないかなと思います。

あさか:

この京都の判決も、素晴らしい判決が出たと、それも世論っていうのは関係するんですか。

神原:

裁判の結果というのは、京都の時はまだカウンター運動が一切なかったんですよ。あの京都朝鮮学校襲撃事件の映像なんか見るともう酷いんだわ。子どもに対してスパイだなんだって、正門の前でね、あれを見て裁判官は本当ひどいと思ったんじゃないですかね、だからあれは裁判官の英断だったと思います。

2009年ぐらいの頃は、まだ法律家たちもそこまで、少なくとも全国的にはそこまで注目しなかったと思いますが、でも京都の弁護士たちはかなり動いてました。

僕らはまだ気づいてなかった。だから本当は、あの時代まだ少数の弁護士が一生懸命やってたって感じだったんですね。

あらゆる問題がそうなのかも知れないけど、誰か最初に決断しなかったら(その先のことは起こらないわけ)なんだけど、でもやっぱり誰かが決断して良いことやった時に、それがちゃんとルールとして残るということは大事ですよね。

そういう意味でもヘイトスピーチ問題はうまく歯車があったというか。

 

排外主義の今の課題:川口市のヘイトスピーチ

あさか:

外国人差別、排外主義に関して今の課題っていうところで、ヘイトスピーチがなくなっているわけではないですし、川崎のは本当にうまく止めていった、みんなで頑張ってってことだと思うんですけれども、川崎だけじゃなく今全国でこんなに問題が広がってるなと。

神原:

埼玉のクルド、川口市ですね。川口市蕨市の周辺に住まわれているクルド人の方々に対するヘイトスピーチ、これをやってます。

去年、2024年の11月には仮処分、やっぱり同じように仮処分を申し立てて、この人はクルド文化協会の代表の方、そのクルド文化協会の、今度600メートルなんだけど半径600メートル以内ではデモをやっちゃいけないとそういう仮処分を

とって、今これから本裁判をやってるというところになります。

結局向こうはどんどん巧妙になっていくんだね、昔みたいなあんな露骨に〇せとかそういうこと言わなくなって、その代わりクルドっていうのはテロリストである、実際トルコ政府がそう言ってるではないかみたいなそういうロジックで今向こうはやってます。なんだけど結局は人種差別って色々な変化球で来るわけじゃないですか。

トルコ政府がテロリストだとか何か言ってると。そういう迫害があるから逃げてきているわけであって常に。

当たり前だけど難民っていうのは、その母国で迫害されちゃうとかね、差別を受けちゃうとかそういうのがあるから他の国に逃げてきて、日本で保護しなきゃいけないってそういう話なのに、元にいた国の政府がそう言ってるからといって、迫害して出てけなんて言われちゃったら意味ないわけで、何もできない。

在日コリアンの方々に対する差別構造とはね、向こうの主張がまたちょっと違った形の差別って形になりますけど、根本的な構造は一緒です。

だから僕が今裁判でね、この間お伝えし、裁判でも主張してるのは、平和的生存権の問題じゃないかと。要するに憲法には何て書いてあるかと、全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から逃れて、平和的に生存する権利がある、そのまさに、この人たちの問題でね。全世界から例えば日本に逃げてくる、しかもあれ(註:憲法前文より「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」)の主語は我々なんだ。我々は…ということを確認するって書いてあるんだから。全世界の市民にそういうものがあるってことを、我々つまり日本人が、そういうことは確認しましたって文章なんだから、まさにこの平和的生存権の問題ではないか、というふうに言っています。

色々考えていくと何だろうな、あらゆる差別問題につながるんですね。

結局、自分の国の国民だけよければいいじゃねえかっていう、外国人が生活保護を受けるのは

おかしいなんか言ってるでしょ、でもそれはやっぱり、憲法の精神で違うと思っていて、憲法になんて書いてあるかと言ったら、全世界の国民が、やっぱり幸せに生きなきゃいけないと書いてあるわけだから。

というふうに考えるとこれは、憲法の精神をちゃんと実現する、そういう問題につながっていくということではないかと思っています。

あさか

そうですね。。。最高法規(日本国憲法)がそう言っている。

神原:

(うなずいて)最高法規(日本国憲法)がそう言っています、はい。